■南三陸で人について考えました  (NO.72)

釜石での勉強会
 つくづく、人、だと思う。私たちの思いや願いを可能にするのも人だし、人と人との結びつき以外に、商売も復興も考えられません。18年前の阪神淡路大震災でも、今回の東日本大震災でも、いろいろな人が出会い、結びつき、その力によって未来が開けるのです。今回は、そんな「人」について書きます。なお、実名は出しませんが、書いてある内容で関係者にはすぐに誰かは分かるはずです。おっ、あの人か、と知ってる人はニヤリとしてください。
●大正筋商店街のIさん
 6月に続いて7月も釜石へ行って来ました。目的は@リアスサポートセンター主催の勉強会です。講師をお願いしたのがIさんで、私はアテンダントでした。Iさんには、商店街の復興の経験を語ってもらい、釜石の商業者の悩みを聞いてもらいました。Iさんの話で印象的だったのは「お宝」という言葉でした。鉄人28号は新長田のお宝だから、それを大事にしていく。釜石だと仮設商店街を応援・支援してくれているたくさんのサポーターたちがお宝だから、その人たちを大切にすること。私もそのサポーターの一人なので、腑に落ちるお話でした。学生時代にペンフレンド(懐かしい響き!!)に会いにドイツに行き、そのまま100日ほどヨーロッパを放浪したというIさん。そのペンフレンドは女性だったのか男性だったのかは、ご想像にまかせましょう。

賑わうフードコート

復活した南三陸のモアイ像
●南三陸さんさん商店街のOさん
 Iさんは3.11以降、それ以前からお付き合いのあった南三陸志津川の商業者の支援を熱心に行ってきましたが、商売をほっぽり出してそう度々出かける訳にもいかず、今回の旅で一年ぶりに志津川を訪ねました。Oさんは、さんさん商店街の仕掛け人の一人で、蒲鉾屋さんの5代目です。テレビでも放映されましたが、さんさん商店街への道のりはなかなか厳しいものがあり、準備にも時間がかかりました。そんな様子をテレビでしか知らなかったので、固いイメージがあったのですが、会ってみてビックリ。明るくて、豪快で、しかも話がおもしろい。私が知り合った東北の商業者の中で一番明るい人でした。この人にならついて行ける、そんな安心感があります。志津川の商店街はこれからも大丈夫でしょう。Oさん、お土産にもらった笹かまぼこ、おいしかったです!!
●岡本商店街のMさん
 釜石へ行く前日に岡本商店街に取材に行きました。取材の目的は、岡本商店街が今年実施したまちバルならぬ、パンバル。どんなものか言うと、それについては『商いひょうご』(公益財団法人ひょうご産業活性化センター事業推進部商業支援課発行)の9月号を見てもらうとして、お話を伺ったのが副理事長のMさんです。いろんなイベントや仕掛けでお洒落なまちとしての岡本を益々盛り上げているMさんですが、その経歴がちょっと異色です。音楽家を目指して音大(声楽科)に進んで、ピアノ教室でバイトをしつつ、友人に誘われた岡本でのイタリア料理店でのバイトがきっかけで岡本に居着いてしまったとのこと。現在ではご自身でもイタリア料理店を経営しながら、岡本のまちの魅力アップに励んでおられます。東北支援も、気仙沼の商店街とタイアップして、岡本で東北物産を売るお店「気仙沼まただいん」(気仙沼の方言で「また来てね」)を運営しています。
 3人の紹介で字数が尽きてしまいましたが、まだまだたくさんの人がいますので、また改めて。最後にひと言。
 将来のために何と結びつくの?人でしょ!!
(2013.8月発行)