■三年目を迎えて ―連休には東北へ!!  (NO.68)
 あの大惨事から早くも丸2年が経ちました。なかなか復興の姿が見えないこの1年でしたが、進捗がまったくなかった訳ではないでしょう。それが具体的な形となって現れることを3年目には期待したいものです。
 被災地から遠く離れた私たちには何ができるのでしょう。何度もこのコラムに書いてきましたが、「震災を忘れないこと」「被災地を見守ること」が肝腎です。そして、「もう」2年も経ったのですから、いろいろな想いから現地へ行けなかった人はどんどん被災地へ行きましょう。仮設商店街も再建できたお店もお客を待っているのです。頑張って支援するぞー、なんて肩肘張らずに、買い物をして、三陸の魚と酒を楽しんで来ればいいのです。その時にちょっと店主や現地のお客さんとお話をして、仲良くなれれば言うことありません。帰ってきたら、口コミでお店を職場や友達に紹介するのです。なんだか自分のやってることを言い訳しているみたいですが、それでいいのです。
 ということで、2月の下旬に久々に行ってきました。今回の旅は石巻、気仙沼、釜石といういつもの行程で一週間です。石巻では「石巻復興支援ネットワーク」(http://yappesu.jimdo.com/)のメンバーと匿名で届けられた「金の延べ棒」について話が弾みました。「見せて」と言うと「貸金庫の中」という返事。残念でした。

▲気仙沼の盛り合わせ

▲釜石のバー・ロハ
 金塊つながりではありませんが、石ノ森萬画館の西條さんにもお会いしてきました。昨年暮れに商店街の再開発についての相談を受けて萬画館を訪れていたのですが、その後の状況を聞きに行ったのです。
 気仙沼では、「さかなの駅」で店主だけでなく従業員も参加した勉強会に出席して、講師を務めました。ちゃんと専門家としての仕事もしているのです。テーマは、新長田の商店街復興や鉄人28号プロジェクトの話をして、さかなの駅として共同事業をおこなう大切さについて喋りました。意見交換の中から、若手の従業員を中心に魚を使ったハンバーガーを創ってみようというアイデアが出たのが収穫でした。
 釜石では、「あずさ監査法人」の大阪事務所内にできた自主的な復興支援グループが仮設商店街の調査を行うのに同行しました。場所は青葉公園商店街。事前にアンケートも実施して、支援チームによる全店舗を対象にヒアリングを行いました。どんな思いで今商売をしているのか、商店街の復興への可能性や将来の不安などアンケートだけでは分からない詳しいことが聞けたようで、4月には出るだろう報告書が楽しみです。
 私は例によって、理事長の片倉さんとダベり、えさしさんで髪を刈ってもらい、桑畑書店で書籍を買い、玉泉堂の和菓子を食べるといういつものコースです。夜は、震災前に店を閉めた元スポーツ用品店屋さんが、仲間が集まるために自宅一階の倉庫を改装した「バーロハ」(ロハとは只越の只を読み替えたもの!!)で大宴会。釜石を度々訪れているという世界のアーティスト日比野克彦さんも飛び入りで来てくれました。釜石の夜はとても盛り上がったのです。
 釜石から戻って時間があったので、今回初めて気仙沼大島へ渡りました。気仙沼港からフェリーに乗って、津波が燃えていた港湾を行くこと四十分ほどで大島です。私自身は雨男でも晴れ男でもないと思っていたのですが、今回の旅はこの冬で一番寒かった時期に当たってしまい、気仙沼では連日雪が降り、大島では吹雪に遭ってしまいました。立ち往生するほどではありませんでしたが、大島を一望できる亀山に行けなかったので、気候のいいシーズンにもう一度行かねばならぬ、と心に誓った今回の旅でした。
 さ、みなさんも連休には東北へ行きましょう!!

吹雪の気仙沼大島フェリー乗り場
(2013.4月発行)